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「お゛か゛ひ゜ほ゜～！お゛か゛ひ゜ほ゜～！ｱ゛ﾄ゛ﾋﾟ～ｶ゛ｲ゛ｶ゛ｲ゛だで～！」
昼下がりの集合住宅に奇声が響き渡る。
「順ちゃん、大丈夫…？」
母はもう何度目かもわからない、内心発することに億劫となった気遣いの言葉を、実の息子に遠慮がちに呟いた。
「あ゛～体が痒いだで～！Youtubeｒのお仕事ができないだで～！」
宿舎の一室、リビングの真ん中でウジ虫のように転がりながら息子は己の不調を、ひいては働かない理由を訴え続けた。
（ごめんな、健康に産んであげられんとごめんな…）
母は一人涙した。数年前、持病を理由に仕事を辞めた息子を家族は暖かく励ました。
「気にせんとゆっくり治したらええんや、俺はまだまだ現役やけん」
夫の力強い言葉に勇気づけられた。
「おにーちゃん！私アトピーにいい食材とか調べてん！」
優しく育った娘を見て母は誇らしかった。
翻って現在、彼女の家庭には寒風が吹きすさんでいる。
会話は減り、諍いは増えた。
家族で食卓を囲む、一家団欒の時さえ重苦しい空気は拭い去れなかった。
苦し紛れに電源を入れたテレビから聞こえる、バラエティ番組の空虚な笑い声だけがリビングに反響した。
夫は口を開けば彼女に向かい、息子の現状を責め立てる。まるでお前が悪いと言わんばかりだ。
上の娘は「耐えきれない」とだけ言い残してさっさと自立してしまった。
下の娘が実の兄を「アイツ」と呼ぶまでに時間はかからなかった。
医者には何度も通った。頼み込んで入院までしたこともあった。しかし目の前の愛する息子の持病は一向に回復しないままだ。
(お医者さんは薬を塗れば大丈夫、そんなに重度やないって言うし…)
その醜悪な息子は身体を掻き毟る事で得られる痛みとも快楽ともつかぬ刺激に恍惚とした表情を浮かべている。母は藁にもすがる思いで古臭いノートパソコンを立ち上げる。
「アトピー…治療…有効…」
おぼつかない手つきで自らの願いを叶えるべく、検索を開始する。
専門的な知識を要するページ、あるいは既に何度も試した治療法を紹介するページ…
それらを避けながら母は最近めっきり見えづらくなった目を凝らし続けた。
「なんやこれ…気功…運気…？」
数十分後、彼女はあるホームページにたどり着いていた。
見るからに怪しい理論、実績…まともな精神状態であればまず検討に値しないであろうその商品に、不思議と母は引き寄せられた。
(あの子が…あの子が元気になって働いてくれれば…)
(あの人だってもっと家庭に興味を持ってくれるかもしれん…あの子らだってお兄ちゃんのことを許して…)
(そう考えたら安いもんや…世の中には解明されてないことがいっぱいあるんや…気功…オカルト…こんなものが必要な人もおるということや…)
現実に疲弊した脳は気付けば自分の願望を約束された未来かのように見せ、中年も後半に差し掛かった女性の胸を躍らせた。
（そうや…これさえあれば…これを買えば我が家は…）
彼女がそのホームページにでかでかと貼られた資料のお問い合わせボタンを押すまでに時間はかからなかった。
(スーパーゼログリッドさえあれば…あの頃の仲のいい家族に…)その様子をお気に入りのアイスを食べながら、しかし抜かりなく窺う目があった。息子である。
内心はパソコンを数十分にわたり占拠された怒りで震えていたが、彼の細腕では霊長類最大の動物にも例えられる母からおもちゃを取り戻すことは叶わない。
(ｵｶｱｻが何か買おうとしてるだで…あれでアトピーが治ったらオラのYoutubeドリームが…)
追い詰められたわけでも、疲弊したわけでもないのにオカルトグッズに震えるその息子…浜崎順平はしかし舌の上の甘味を知覚するにつけ、
(ま、いっか)
と思考を放棄するに至った。ｱｯｱｯｱｯｱｯｱｯ
おわり -
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